役に立たない人

下らない、と一蹴されるかも知れないけど、これは独立国家より進んでる概念だと思うんだ。


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前回の記事で、俺は自分のことを「役に立たない人」であると定義した。
なので、ITとか会計とかブログとかの話は置いといて、役に立たない前提で考える。

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地域活動に「役に立たない人」って、要るんだろうか。

まず、要るか要らないかを決めるのは、地域活動をしているプレイヤーだよな。
だから、プレイヤーが要らないと言えば、要らないんだと思う。

だとすると、このブログで俺は「排外的な人間は嫌いだ」と宣言しちゃってるので、
それを緩和しておこうかな、と思う。
目的を持った組織において、追放という概念は禁忌ではない。
だから、あらゆる組織は、俺のことを「役に立たない」という理由で追放しても良い。
そのことを、排外的だと言って非難したりはしない。

一応言っておくと、そもそも俺は、言論を武器にして戦う事自体に興味が無い。
それがあるとしたら、仲間や女子供を守るために怒った時だけだと思う。わからんけど。

ルールを新規に設けるかどうかは各組織が決めることだけれど、
今の所、鯖江で所属したすべての組織について、追放の決まりは無かったように感じる。
そんな決まりを作ること自体がナンセンスだ、という価値観なのかな、と想像する。
だとしたらそれは美しいことだ。美しいけど、どうなんだろう?

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「独立国家のつくりかた」では、すべての人が大臣になる、と書いてあった。
俺はこれが一番ハードルの高いことだと感じた。

たぶん筆者はすべての人と出会って、必ずその人のタレントを発掘するという使命を背負ってるのだろう。
それって凄い能力なんだけど、果たしてそんなことが出来るのだろうか?

例示されていた中で最も俺に近いと感じたのが「場に居るだけでみんなを和ませる和み大臣」ってやつ。
これは実際に、一部の人に言われたことがある。
きっと俺のことを、ゆるキャラか何かだと思っているのだろう。まあ悪くない話だ。

その反面、ブログが毒を持っているところが良いってのも、何人かに言われた。
ゆるキャラが、こんな切れ味の文章書いてたらいかんわな。長万部とかにそんなのが居たような。

いや、そもそも、誰か個人に言われるんなら、単なる感想だから別にいいのだ。
そうじゃなくて、組織のリーダー格の人とかに「君は和み大臣ね」とか言われたらと考えると恐ろしい。
実際にそんなことがあったら、少なくとも内心では全力で拒絶すると思う。
「宴会芸をやれ」とか「面白いジョークを言え」とか振られても、俺は絶対に応えられない。

だから出来れば「何もしない大臣」がいい。
もっと厳密に言うと、「何もしてはいけないのではなく、好きにしてていい大臣」がいい。
好きにするための特別な権利をよこせとは言わないけど、制約は受けたくない。

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人狼ゲームで言うなら、俺は「村人」の役なのだ。
何のスキルも持ってないから、とにかく喋りまくって情報で勝負するしかない。
黙って信用されることを期待するのも良いけどね。

「雑草という名の草は無い」と言ったのは誰だったか。
「一市民」という名の市民は、本当に居ないのだろうか。

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「貰う役」という役割の人がいることがわかった。
この人は、何も持ってなくていいのだけど、与える役を満足させることが存在意義になる。

だから、受け取ったのにありがとうを言わないとか、貰ったものを捨てるとか、
足りないからもっとくれ、と言うような事をしてはならない。

ヒモってのは一見楽に見えるけど、相手に貢がせ続けるのは結構大変なことなのだそうな。

そう考えると、「貰う役」ってのも、実は結構ハードルが高いんじゃないかと思う。
少なくとも俺は、与える役の機嫌を損ねないように愛想を振る舞うことには向いていない。
良くも悪くも素直だから。社交辞令みたいなフィルタを、うまくかけられない。

だから、貧富とか地位とかスキルと、「役に立たない」ことは、あまり関係ないと思う。
スキル持ってても役に立たない人だって居る。お金持ってても使わない人だって居るでしょ。

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良かれと思ってプレゼントを渡した相手に、黙って受け取られてぞんざいに扱われたら・・・

その場で不快感を示して、正しい受け取り方を教育すればいいのか?
それとも、もう二度とお前にはやらん、と、ブラックリストに入れればいいのか?
それとも、差し出がましいことをして申し訳なかったな、などと自分を責めればいいのか?
それとも、そこではあえて笑顔を崩さずにいて、気にしないように努めれば良いのか?

「手伝わない仲間」だって同じだよな。仲間って何なんだ?

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いまのところ、まったく答えは出ないんだけど、とりあえず俺は、非難を受ける覚悟だけはした。

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