嫌な意見は否定せずスルーする

意見を言うことは悪いことじゃないんだよ、という話。

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公開ブログを書き続けるのを止めようかな、と思った理由のひとつは、
田舎の人は、他人に意見を言われることに慣れていない、と思ったから。

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田舎で生き延びていくには、隣近所に敵視されないことが最重要なの。
だから、聞こえのいい言葉を取り繕って、相手に意見を言わせないように配慮するのよ。

僕は鯖江に興味があって引っ越してきた者です。半年間、市役所のお世話になっていました。
これから就職して、地域経済の発展に貢献していく所存でございます。
って言っておけば、相手は、ようこそ、頑張ってね、と言うだけで済むので、お互い楽なの。

だから「鯖江のどこに興味があるの?」という地元の人からの質問には、
単なる好奇心の他に「こいつが敵じゃないかどうかを確認する」という真意がある。
なのでわざわざ「メガネには興味無くて」とか言う必要は全くないんだよね。

ということは、リーダーシップを発揮するなんて、もってのほかだ。
誰かが何とかしてくれ、とは思ってるけど、自分では絶対にやりたくない。
だから、リーダーの決定は、まわりからの圧力がないと成立しない。
もしも立候補する人が居たら、自分の立場を脅かす可能性がある限り攻撃したりもする。

陰湿だとか後ろ向きだって話じゃなくて、それが生存戦略なんだよね。
狡猾な移住者が、機嫌を取るために勉強して「メガネが好きなので来ました」と言うのと同じ。

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だから、そんな田舎暮らしに慣れている人は、
「メガネには興味無くて」と言われたときに、どう対応すればいいかがわからない。
私、メガネ屋で働いているのに、なんでそんなことを言うの? って感覚になるんだと思う。

でも、そんなのは単にほっとけばいいんです。
都会の感覚なら、人は履いて捨てるほどいるので、「合う人を探せばいいや」ってなるんだけどね。
田舎だと「じゃあ漆器は? 繊維は?」って、何とか全員との接点を持とうとする。

そうじゃなくて、移住者は自分の意見を持っていて、
「気兼ねなくドラムを叩きたい」とか「家賃が安ければなんでもいい」とか好き勝手言うわけです。
でも、それもやっぱり、ほっとけばいいだけなんです。

そうやって実際に住んだ人が「水道代が高い」とか「観光スポットが少ない」とか言ってても、
いちいち腹を立てなくていいんです。
その人は単に思ったことをつぶやいているだけで、特に意味はないんです。
「水道代を下げないとお前のまちには住んでやらないぞ」とか攻撃されている訳じゃないのよ。

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そういうところがわからないから、移住者は「気づき」を、相当気を遣って伝えないといけない。

別に鯖江のことを悪く言うつもりは無いし、鯖江市水道局の営業努力は素晴らしく、
全国統計を見ると、大規模都市の水道代が安い傾向にあるということなので、
たまたま私が住んでいた地域と比べた感想ですが、鯖江の水道代は高いです。みたいな。

ここまで気を遣わないといけないんなら、発信の費用対効果が悪すぎるの。主旨ブレブレだし。

まあ、実際に水道代の件で傷ついた人っていないと思うけど、
(だから、たとえ話に使ってるんだけど)、自分の事を書かれた時には、どうでしょう。

意見を言われる人ってのは、何かの活動をしていて目立ってるからこそ言われるわけだけど、
その活動を見たからこそ、意見ってのは出てくるわけですよ。自然の摂理だよね。
そして、活動の内容に真剣であるほど、意見を戴くことに貴重さを感じると思う。

別に、どうでもいい意見だなあと思ったら、聞き流せばいいのよ。
それでも、「意見をしてくれた」という行為自体を否定してはいけない。そこで思考停止に陥る。
もちろん、悪口を言われたのなら、怒ってもいいと思うけどね。

他人の意見で自分が壊れちゃうことがあるとすれば、それは自分にとって気にしてた事だからよ。
意見を言ってきた他人をどうするかじゃなくて、自分がどうしたいかを考えて決めればいい。

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「意見を言う人を排除する」のは、限界集落の処世術としては悪くないけれども、
未来的な地域活動をしたいということであれば、かなり悪手になると思います。

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