自分の気持ち

ギリギリまで意志決定を遅らせたおかげで気がついた部分もあるかも知れない。


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俺は、ゆるい移住のパーティーから参加費という概念を取り去ってしまったし、
「資本主義からの脱却」というテーマで、ゆるい移住を楽しんだのだけれど、
「カネ」を完全否定することは無かった。

そして今もみんなは、どうしても消し去れない「カネ」と戦っているように見える。
目先にあるのは、水道光熱通信費だ。
これを払うには、どこかからお金を持ってこないといけない。
でも、ビジネスをやろうとすると、ゆるい移住の良さが損なわれてしまうのだ。

最初から、ゆるい移住で参加者のブランディングをして、
ネームバリューをつけてビジネスをすることを狙っていたとか、
体験移住期間中にビジネスをやっていて、それを拡大するんだというなら筋が通る。

でも、今まで持ち寄りでパーティーをやっていたのを、明日からは3000円取ります、
あなたは明日から、友達じゃなくてお客さんです、というのは、心理的抵抗がある。

なので俺はたぶん、「元ゆるい移住が地域でビジネスをやります」と立ち上がっても、
仲間の生活を応援したい気持ちはあれど、心から加わることは出来ないのだと思い至った。

まとめ
・俺たちは、体験移住期間中に、ビジネスをやらなかった
・俺個人は、定住をきっかけにして、新たにビジネスを始めようという気持ちは無い

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今まで俺たちはダイバーシティを大事にしていたし、自分たちは多様だと思っていたけど、
それは地方創生という一つのテーマに向けて、分散して活動をしていただけのことで、
気持ちは一つにまとまっていたんじゃないかと思う。ある意味、全然多様ではなかったのかも。

それが、半年間過ごして、まちづくりをしたい人としたくない人に分かれるようになり、
ビジネスをしたい人としたくない人にも分かれるようになり、今後は真の多様性が訪れる。

そうなった時に、「仲間と一緒の家で暮らす」という、情緒的な希望も、
今後それがみんなにとってちょうどいい事なのかどうか、見直さないといけないんだと思う。

「アパートをリビングにしたいんだけど、ビジネスもやりたいし、個室も欲しいなあ」
というのは、物理的に相反するので、仲間内の雰囲気が悪くなっちゃう。

「家に済む仕事」というのは確かに究極のテーマの一つではあるんだけど、
今のみんなの発想内容だと、住むことはビジネスの邪魔になるので、
ビジネスをするために借りたアパートには、俺は住むのをやめることにする。
(今から新しい家を見つけるのは難しいので、短期的にはお世話になろうかとも思うけど)

これはただの勘だけど、もしも無から新しいビジネスを生み出そうとするなら、
とりあえず新しい家に住んじゃってから、今日なにしよっかー的に考えた方がいい気がする。
プレゼン資料を書いて、コミットメントした時点で、アリかナシかは決まっちゃうと思う。

「空き部屋を貸して儲けよう」ってビジネスプランは、俺的にはナシ。
それが民泊でも貸し会議室でも教室でもコワーキングスペースでも、何でも。
ままごとならいいけど、本気で収益を得たいんなら、新規性が感じられない点で厳しいと思う。
それならリフォームして学生に貸したほうが、可能性はあるんじゃなかろうか。
あくまで現時点の発想じゃ厳しいってだけで、ビジネスしようって事自体は良いんだけどね。

かといって、みんなが就職して、誰もいなくなったリビングなんて、つまらないだろうな。
「いつも誰かが居てくれればいいのに」という期待と、
「みんながお金を得て、生活が成り立てばいいのに」という期待は、両立が難しそうだ。

また新しい家の候補が見つかって、そこに住むことを検討出来ればいいけれど。

まとめ
・真の多様性の中から、最適な住まいを考え直す時期に来ている。
・今でているビジネス案には乗っかれそうにない。

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愛着はあるのよ。愛情もある。それに、獲得したものもある。

でも、愛によって自分を曲げてしまっていた部分も、正直あったんだと思う。

たとえば、仲間がカネに困ってたら、ビジネスを手伝ってあげたい。
手伝うことで、その仲間と一緒に暮らし続ける口実にもなる。
仲間がこうしたい、と言った事に対して、乗っかって楽しみたい、という気持ちもある。

でもそれは、仲間のために主体的になってあげる、ということではない。
あくまで頑張るのは本人。俺はその手伝いをするだけ。
だから、「一緒にやろうね」というのは、少し語弊が生じる。温度感は一緒じゃないの。

俺がこのルームシェア生活で獲得したのは、「一緒に飯を食う共同生活は楽しい」ということ。
それ以上のスペシャルも沢山あったけど、流石にそこまでは求めない。

ただ、ゆるい移住を始める前はわからなかった同居の条件みたいなのは、言えるようになった。
台所を交代で使って一人分の食事を作るようなシェアハウスは嫌。
相部屋でもいいけど、パーティションがないと嫌。(洗濯物で仕切ってもいい)
少なくとも三人以上で住んで、固定費を削減するのも、大きな目的のひとつ。

同じメンバーで永遠に暮らしたい、って気持ちは、そこに家族愛を感じたから。
でも、愛は変化を鈍らせてしまうものなのだね。

まとめ
・手伝うことと、一緒にやることは違う。
・一緒に飯を食う共同生活は楽しいけど、永遠は約束されない。

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今夜、新しい家を見せてくれるという方が来てくださった。
明日の朝6時半に起きて、早速見に行く。
もし住むことになっても、入居開始できるのは、早くて来月以降になりそうだ。

俺の個人的かつ素朴な要望として、
「元ゆるい移住が活動をします!」とか、「これをやるために人が住みます!」みたいな、
情熱的コミットメントみたいな感じじゃない住み方がしたいなあ、と伝えました。

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