生きることへの恐怖

楽しい人生は恐怖に溢れていて、退屈な人生は不安に満ちている。


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森さんの中に恐怖心が芽生えている。
新しい価値観にあわせて生活することを考えた時に、怖くなったというのだ。

確かに、他のメンバーには、新しい価値観が怖くないと言えるだけの背景がある。
俺はたぶん、「捨てる準備」が出来ていたから、直撃を食らっても怖くなかったのだろう。

次の一年間の意味は、人によって大きく異なるんだと思う。
今まで働いてなかった人が、稼ぐという体験をしてみる。
体験移住期間中は働かない、と決めていた人が、働くための努力をしたりする。

昨日の取材中にはっきり言語化出来たんだけど、俺は「死んだ」。
いまは目下、死後処理の最中だ。あと一年かけて、ゆっくり整理を済ませていくのだろうと思う。
復活なのか、転生なのか、第二の人生なのか、どういうものが始まるかどうかは、わからない。

いまのところ、自分探しをしようとか、誰かに承認して貰おうって気持ちは、あんまり沸いてない。
ただ、日々の記録がどこかに残ればいいなと思っている。

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最近気が付いたのは、「ゆるい移住が俺の人生を変えた」と表現することによって、
ゆるい移住の関係者が気負ってしまう恐れがあるということ。

人生を変える素晴らしいプロジェクト、誇らしい、という文脈で使って戴けるのならいいのだけど、
それは参加者目線に近い価値観に過ぎないことだからね。

俺も、いかに新しい暮らしが楽しいかを表現してきたつもりだけど、
きっとこれでさえ、怖いと感じた人は結構居たのだろう思う。

なんかもっと人情味溢れるストーリーを用意して親近感を与えれば良かったのかも知れない。
たとえばIT業界の激務に疲れたエンジニアが、半年間の休養を経て生きる活力を得た、とかさ。
そういう風に俺を位置づけようとしてくれるチャンスも結構あったと思うし。

しかし、退屈な人生の退屈な日常の中で、たまたま楽しい半年間を過ごした、と位置付けるには、
この半年で気づかされたことは多すぎた。きっと人生は元々退屈なものでは無かったのだ。

楽しい人生は恐怖に溢れていて、退屈な人生は不安に満ちている。

だからひょっとすると、ゆるい移住を満喫する最後の裏条件は、
「恐怖」を何らかの形で克服することだったのかも知れない。
モラトリアムってのも、恐怖を克服するための方便だったのかもね。

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