生きるために働く

コメントを戴いたので丁寧にお返事しようと思って書きました。


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いままでの「カネと仕事」に関する言論の総集編みたいになったけど、
カネの話は次の記事にも続くのであった。

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「6つの実績」にコメントを戴きました。ありがとうございます。
匿名性はたぶん担保されてると思うので、じゃんじゃんどうぞ。あと6日限りだよ!

最近興味があるテーマが「シンギュラリティ」なんですけど、
2045年にAIがすべての分野を凌駕するのを待つんじゃなくて、
もはや人間が働かなくていい分野って、ちょこちょこ出始めていると思うのです。

遅くとも今世紀初頭くらいからのビジネスは、「ニーズ」から始まってないんです。
「シーズ」とか言って、無理矢理ニーズを作り出すことが求められている。

スティーブ・ジョブズが存命だった頃なんかにiPhoneがすんごい褒められたけど、
当時はみんなそこまでスマホなんて欲しくなかったでしょ。
高いし、電話しづらいし、おサイフケータイついてないし。
そもそもガラケーにカメラついてたし、音楽聴けたし、ゲームも流行っていた。
機種変更の時にガラケーの選択肢が無くなってて、仕方なくスマホにしました的な。

そのうちARM系CPUの性能が追いついてきて、テザリングも出来るようになったから、
個人的には、便利なモバイルルータって文脈で、スマホは必需品になったけれども、
いまだにマナーモードのバイブをオフにする方法すら、よくわからないし、
そこいらの人だって、カメラとSNSさえ使えたら、何だっていいんじゃないかと思う。

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ビジネスという観点に戻ると、「今の生活に本当に必要なこと」の他に、
「特に今の生活に必要ない、新しい何かを売ろうと考えること」と、
「今の生活にとっては時代遅れなこと」が、仕事の大半を占めていると思うのです。

サラリーマンやってる人のどれだけが、自分の「仕事」に誇りを持っているのだろう。
「仕事が楽しい。やりがいを感じるし、社会に貢献してる」ってのならいいんだけど、
「給料貰って所得税払ってるから俺は一人前で偉いんだ」ってプライドの持ち方だと、
結局その人が生き延びている理由は、会社の気紛れな採用って事になっちゃう。

それって全然、胸を張って生きていけないと思うんだよね・・・。
過労やブラックな待遇に苦しんだり、リストラに遭ったときに立ち直れなくなるのも、
そうやって「特定の会社に勤めることに依存している」ことが原因じゃないかと思う。

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というようなことを空気を読まずに本人に意見したりすると、
「生きるためにはカネが必要なんだから仕方ないじゃないか!」と言われる。

だから俺は、この半年で、「生きるためにはカネはそんなに要らない」事を証明した。
これでもまだ、「市営住宅にタダで住んでいるから出来るんだ」とか、
「テレビに出るような有名人だから特別に物が貰えるだけ」なんて言われたりもする。

4月からは完全に民間のアパートに住むし、家賃も払う。
それでも月の生活費は、体験移住だった頃より、さらに下げることが出来そうだ。
やれば出来るもんなのだ。
どうせ頑張るなら、辛い仕事を続ける事より、生き方を変える事を頑張った方が良い。

ベーシックインカム論の是非について語り出すと、議論が散らかりそうだけど、
「自分のやりたい仕事をするために、生活を人質に取られないようにする」という点では、
「働くこと」と「生活すること」を社会的に分けてしまう仕組みには魅力を感じる。

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という考えを踏まえると、
「働き口がなくなる」じゃなくて「働かなくてよくなる」のは歓迎していいんじゃない?
と思うのです。

ドラクエのレベル上げみたいな単純作業が好きなら、ゲーム買ってきてやればいいんです。
全員がそれをしなければいけない時代はとっくに終わってしまったんだから、
今更そんなものにしがみついて生きる必要なんて、どこにもない。

やっとコメントのお返事の話に入るのだけど、

じゃあ何で「働き口がなくなる」と悲観的な論法になるのかって、単純に怖いからじゃないのかなと考えています。 未来が予測できない、老後が予測できない etcジョジョの奇妙な冒険でDIOが言ってたように「安心」を求めるって強い欲なんだなと、、、特定の組織に属するほど安心できることはないなと、、 「安心ではないこと」はまだ社会に合わないと痛感します。


まず一つ言えるのは、「特定組織に依存する」と不安になる。
勤め先の会社が「うちの取引先は一社で、そこから切られたら倒産だ」って言ってたら、転職を考える。
そんなのは経営者にとっては常識なのに、会社員や公務員は一社に依存するのが当たり前だよね。

俺が思うに、働き口があることの安心感の根拠って、「一般的」な部分にあるんじゃないかな。
「社会のレール」って表現もまさに同様で、みんなが同じ事をしていればひとまず安心という。
仮に大恐慌が起きてサラリーマン全員が仕事を同時に失っても、
まあみんな何とかするんだろうから、自分も同じ方法で何とか出来るのだろう、みたいな。

だから「全員が働かなくてよくなる」んなら、安心出来るんじゃないかと。

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あるいは「生活を人質に取らないと人間は働かなくなる」って言う人もいる。

この人は恐らく、そもそも豊かになるために働いてるわけではないと思う。
たとえば、数字を増やすことだけが生き甲斐だという人はいる。
預金通帳に書かれた残高を増やしては自慢して、
国の人口を増やすために子供を三人以上産んでは自慢するような人種だ。

こういう人は、同じ土俵でゲームをしないプレイヤーを非難する。
貯金に興味の無い相手に、何千万稼いだとか自慢しても、羨ましがられないからだ。
いかにして自分が生活を犠牲にして会社に尽くして貯金したかを認めて貰うのが生き甲斐なのだ。
趣味なら自己完結してくれればいいんだけど。

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あるいは、「人間全員が労働しないと不公平だ」と考える人もいる。
「俺が苦しいんだからお前等も全員苦しめ」って考えのひともここに含まれる。

これを言うと怒られそうだけど、今の女性は子供を産まずに働くよう誘導されているので、
男性と違って子育てに専念するような生き方は、社会通念上認められにくい。

適齢期の女性を働かせることを「労働人口の増加」という文脈で行うのは、
腹が減ったから作物の種を食っちゃおうって事だと思う。
ま、地球の人口が減るのは悪いこと、って価値観が多いけど、
もっともっと減らしたほうが住みよいって考えるなら、子供を減らすのもいいのだろう。
女性がみんな独身で働いてくれれば、待機児童の問題なんかは起きなくなるわけだしね。

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俺が気になった一つの説は、労働者がカネの兌換価値を担保しているという話。

このまま誰もが労働をしなくなった場合、金持ちは労働者を雇うことが出来なくなる。
誰もがAIを働かせて恩恵を得られる社会が来たら、貧富の格差が少なくなるだろう。
そうするとカネの意味が無くなって困るわけ。

そこを「千円札が一枚あれば、時給千円の労働者を一時間使えるぞ」
という幻想を維持し続けることによって、カネの価値を残そうとしてるんじゃないかなと。

だとすると、どんなに意味の無い労働でも、幻想を作るための役には立っている事になる。

数字が好きでしょうがない人と、人類全員で労働しないと不公平だって人が、
金持ちの求める幻想に乗っかる形で、この社会の利権構造を維持してるんじゃないかなー。

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そう考えると、生活のニーズがあるんなら働くのはやぶさかではないのだけど、
必要無いのにわざわざ働くってのは、貧者の生存戦略として考えた時に逆効果なのではないか。

対価を得る以外の部分で「働く」事によって生活を豊かにして、
支払わなければならないカネを最小化して、好きな労働をして、ちょこっとだけカネを貰う。
そんな生き方が「一般的」になれば、いいんじゃないかなあ。

まあ、そういう生き方に不安は持ってないので、承認されなくてもそうするけどね。

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