行政と市民の距離感

今回の記事は、わかりやすく書くように意識しました。本当はもっとぼかしたい。

 ●

(追記)
この記事を書いてから色々整理してて思ったんだけど、
このブログと市役所の関係について云々言っているのは第三者に過ぎなくて、
べつだん、表現規制の問題って、当事者間では出ていないような気がする。
まあ、悪口とか汚い言葉とか使ったら叱られるけど、それは有り難いし、そんなもんかも。

 ●

このブログは、市役所に注視されているようです。
鯖江市議会とかとは関係無く、結構前からです。
おそらく、注視されているのは、このブログに限らないのだと思います。

残念ながら、そのことについて過剰な反応をする人が出てしまいました。
ブログを書かないで欲しい、他の人もこのブログに触れないで欲しい、というものです。

そしたら、言われた側の人が、俺が市役所から攻撃を受けたと勘違いして、
市役所に対して怒って、鯖江を去ろうか思い悩むような事態になってしまいました。
(というのは、内輪のトラブルだし、解決したことなので、気にしなくて大丈夫です)

なので、このブログの立場と、俺と市役所の関係を、今一度、きちんと説明することにします。

 ●

まず、このブログは、市役所と対立する関係にはありません。
市役所を攻撃する意図で書かれているものではありません。

逆に、かつて一度も、市役所から「削除依頼」を受けたことはありません。
自主的に削除をしたことはありますが、暴言を削る判断をしているのは、常に自分です。

一度だけ、名詞の変更依頼を受けましたが、マニアックな読者にはバッチリばれました。

とはいえまあ、その程度です。決して市役所から圧力を受けたりはしていないです。
いま頭に銃を突きつけられて無理矢理このブログを書かされてるみたいなドラマも無いですw

市役所は「言論弾圧を極力しない」ということに最大限配慮して下さったと思うのです。
俺はそこに信頼が置けたし、趣味のブログを気持ちよく書けたと思っています。感謝しています。

 ●

実際に市職員の方は、このブログをどう思っているのでしょうか。

今日、手続きの都合で市役所に出掛けました。
用事が終わったのが丁度お昼だったので、かねてより楽しみにしてたカレーを食べに行きました。
食堂で市職員の方に会いました。その方は話しかけてきて、こう言いました。

「鯖江市って、水道代高いかねえ?
「高くないっすか?」

他の職員の方が会話に加わって、こう言いました。

「都会とかだと共益費に水道代が込みだったりしますからねえ」
「2千円くらいの所もありますね」

それで会話は終わりです。俺は窓際の席についてカレーを食いましたとさ。

あのブログの記事はまずいよ、とか、削除しろ、とか、そんな事は誰も言いません。
そもそも俺は、水道を引くとどうなるかを調べてて、そこで得た情報を書いただけで、
鯖江市に対して水道代が高い事を批判したり、ましてや攻撃してもいません。
(都会と比較したりもしていません)

単にシェアハウスでシャワー使ってるから高いのかも知れないし、
基本料金が高いだけで、普通に使うと変わらないのかも知れません。わかりません。
ただ、ブログ記事を書いたことで、「気づき」が生まれることに期待しています。
それもあくまで自分の生活視点から話題に出しただけで、問題提起とは限らないです。

 ●

そもそも、地方自治体が運営しているプロジェクトに参加している立場で、
検閲の無いブログというメディアで言論をすることには、どんな意義があるのでしょうか。

まずは、宣伝のために良いことだけを書く、という在り方が思いつきます。
何もしないよりずっとましですが、「綺麗ごとばかり書くな」という批判を受けることでしょう。

それじゃあ、ってことで、良いことも悪いことも書こう、と考えるとします。
すると、「悪いことを書くな」という批判が来ることになります。これはさっきと逆ですね。
ちなみに「悪いこと」は人によって違うので、突き詰めると何の事も書けなくなります。

ここでヒステリーが起きてしまうと、「もう何もするな」という圧力がかかります。
影響力の大きい人から圧力がかかれば、身動きが取れなくなります。
このあたりがだいたい、言論の限界です。

この限界までの間にブログがもたらせる意義は、「気づき」の機会を与えることだけです。
体験移住者が書き残していった記録には、情報としての価値しか残りません。
「体験移住者」そのものは、もうそこには居ないからです。

 ●

もう一つ、まわりと意見が逆だなあ、と思ったことを書いておきます。

仮に体験移住者が行政に不利益な事実を発言したとして、
行政は「家賃無料の体験移住待遇にしてやっている」事を人質にして、言論を弾圧できます。
文句があるなら出て行け、というわけですね。

ところが、体験移住が終わったら、その後は人質が無くなってしまいます。
さて、その状態だと、言論はやりやすくなるでしょうか。やりにくくなるでしょうか。

個人のブログの言論には、行政は口を挟むことが出来なくなります。
「あのときの恩を忘れたのか。裏で手を回してこの土地から追い出してやる」
というようなやり方が出来るでしょうか。

できません。そのブログは、単なる市民のクレームになります。
特定個人を名指しで攻撃するような悪質なものなら法律で処罰する余地もありますが、
単に都合の悪い事実を書いているだけのものなら、そうはいきません。

じゃあ、書く側は好き勝手出来るようになって、言論をやりやすくなるでしょうか。
答えは・・・やりにくくなると思います。そこには恩義があるからです。
そして、安全な位置から行政を批判することが、過剰な萎縮を生むということを知ったからです。

それらを踏まえて、俺は、このブログを続けることはなく、筆を置くと宣言しているのです。
こんなにビクビクされると申し訳ないので、やめるから安心してね、と言ってるのです。
ゆるい移住をより良くするための自己批判的な提言なんかも、出来るとしたら今月までです。

それ以降は、ただの行政と市民の関係に戻るのが、体験移住を終えるという事だと思ってます。

 ●

第二期があるのなら、その参加者に言論を託すのが、最も後腐れが無くて良さそうかな。

でも本当なら、誰もが思ったことを気兼ねなく言えるムードを作る事が、
良い「気づき」を得て、ひいては、まちやひとが良くなると思うのですが、いかがでしょう。

「素朴な指摘」とか「愛のある批判」なんてのは、傾聴に値すると思うけどなあ。

PageTop