3月20日 江戸しおりの孤独

みんなで温泉に行った事になってるけど、実はバラバラに行ってきましたw

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昨日は宴が終わらなさそうで、和室にも5,6人で寝てたので、ヘッドホンをつけて熟睡。

朝になって「青春18きっぷが無い」と騒ぎになり、自分の余りを売却した。
他にもちらほら物が無くなってる気がする。物品管理の観点からも30人が限界だな。

昼は、森さんイチオシの納豆汁の残りを戴き、越前町の温泉に行ってきた。
海を間近に入る露天風呂は最高である。
パーティーは楽しいけど疲れるので、次の日にはゆっくり風呂に浸かるようにしたい。

帰って寝た。
しおりんは夕方に温泉に行く予定だったらしく、そのまま何人かで移動していった。
くぼーんは温泉のハシゴである。

夜は昨日の反省会という口実で集まりつつ、若新さんと語る会。

本当は昨日の宴会でもSkypeを繋いでみたけど、あまりの盛況ぶりに会話が無理だった。
俺に至っては、隣の人と話すのでも耳を近づけて大声を出さないと聞き取れなかったな。

今日は引き続き、余裕を持つことで得られる可能性の話だとか、
がっついて活動してない、ニヒルと呼ばれる人のほうが欲深いんじゃないか、とか話してた。

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しおりんが最近、俺のことをよくゆるブロで話題に出している。
きっと俺のことが好きなんだろう。有馬温泉で一緒に寝た仲だしなあ。
と思ったけど、よく考えたら、パーティーでみんな雑魚寝なんてのは日常茶飯事だったな。

有馬温泉のエピソードは結構面白くて、お互いにどうやってネタにしようか悩んだんだけど、
俺はなんかもう楽しく笑い飛ばせる自信が無くなっちゃって、書くのやめよーって思ってたの。
ほら、俺って結構モテるから、ファンの子に悪いかな、みたいな・・・。

でも、「特定の部分のひずみ」という表現には、結構な衝撃を受けた。

いつだったか、カラオケでレッドブル飲みまくった翌日だったと思うけど、
水汲みの折に、俺が「危険なものリスト」というブログの没記事の雑談をしていて、
「貯金とか持ち家とか、安全だと思ってたけど実は危険なものってあるよね」と話したら、
つーちゃんが「手に職、ってのも危険なんじゃないですか」と言っていた。

就職活動って文脈では「スキルを身につけて仕事をする」ってのが王道と言われるけど、
スキルがあれば仕事にありつけることが保証されてる時代って、もう終わったよなあと。

でも、既に時間をかけてスキルを身につけた人にとっては、過去の実績は否定したくない。
だから、捨てたほうが楽なものでも捨てられないし、捨てる可能性にすら気づけない。
そこに「ゆるい移住」がやってきた事で、捨てやすい環境が得られたのだと思う。

しおりんは最初っから「元パティシエという実績」を捨てる覚悟で来ていたのだろう。
「パティシエを辞めてライターになった」だけじゃないのよ。

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しおりんはたまに「私はゆるい移住ではない」みたいな事を言う。
私は拝金主義だとか、鯖江に住まないだとか、理想が違うだとか。

でも俺は、それって違うと思うんだよなー。

まず、ゆるい移住の公式ブログを参加者として書く立場なのだから、責務を全うすること。
次に、多拠点居住や福井との往復という観点ではみんなと変わらないんだから、
自己評価は最大限に「福井との関係を続ける可能性」を言及しなさい、ということ。
福井の江戸しおりは、もはやブランドなんだよ、ってことだ。

というのは、正論すぎるし、かたくてつまらんから、誰もハッキリは言ってないと思う。
でも、実際は回りに言われんでも、しおりんは、誰よりもそれが良くわかっているんじゃないか。
コケティッシュを自覚して使うような女だし。

じゃなくて、しおりんも含めて、ゆるい移住でしょ! って思うの。

でも自画自賛じゃダサいから、「私は違うけど彼らは凄いんだ」と書かないといけなくなったり、
行政のチェックが入っているから福井を褒めることしか書けないんだろう、という邪推を、
払拭するために、あえて多視点的な構成を取らざるを得なかったり。
当事者視点だと表現できないことの限界が見えたから、「私」を福井の外に置いているのだ。
そうやって、江戸しおりというブランドは、共同生活の中で孤独になっていったんだと思う。

今となっては、ブランドが一人歩きを始めて、プロパガンダに使われようとしている。
そういう意味で、ゆるブロ(や、福井新聞の記事)は、本来の意味で公式サイトになりつつある。

ゆるい移住というのは大成功した移住施策で、実績として6人以上の移住者を獲得し、
半年の期間が過ぎた後も、新たに(行政の事業で無しに)鯖江を盛り上げようとしている。

だから、「ゆるい移住とは何か?」という言論をすることは、卒業後の当事者には許されないのだ。
良くも悪くも、「元ゆるい移住の●●でーす」と名乗ってしまっては、自分を客観視できない。
せいぜい「第一期は良かったけど、第二期は微妙だな」みたいな感想程度が精一杯で、
「ゆるい移住って、実はこういう構造的な問題があったよね」って話は、もはや口に出しにくい。

「元JK課の誰ちゃんでーす」って紹介には、なんか権威主義的な違和感があったし、
元JK課だから丁重に扱わなければならないという「身分の残り方」をするのも怖かった。
そんな中で、個人がどうやって振る舞っていくかという調整には、非常に苦労した。

今回、期間いっぱいまで家探しをしていた事について、担当さんも当然に心配したでしょうけど、
向こうは「自分が心配していることが伝わると心配をさせてしまう」みたいに悩んでいたとか。
自主性を尊重するギリギリのあたりを、関係各位が模索していたんだろうと思う。

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江戸しおりはプロだから、「私は思ってもいない意見を平気でブログに書ける」と豪語する。
でも、そうして孤独を重ねていくと、どこかの部分にまた「ひずみ」が生じるのかも知れない。

俺たちは「元●●」という肩書きと、今後どうやって折り合いをつけていくんだろうね。

鯖江は田舎だから「誰さんの息子」とか「あのときの移住者」と言えば安心するというなら、
何年住んでも「移住の人」と言われ続けなければ、居場所は得られないのかしら?

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