ギリギリ

このブログがギリギリの所を攻めているという話。


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ブログに書けないことが増えてきている。
繊細な言い方をすれば、ブログを書くことで生活に支障を来す寸前まで達していると思う。

元来、人間って、自分のアクティビティを毎日公に発信したりはしないものだ。
そして、プライバシーってのは身近にあるものだと思う。
たとえば、カラオケで誰ちゃんがこんな曲を歌ってたよー、なんてネタすら、問題になりうる。
俺だったら、都合の悪い事を配慮せずに言いふらすような人とは、一緒に遊びたくないと思う。

このブログがやっていることは、陰口やチクリでは無いのは当然として、
ゴシップやジャーナリズムのつもりで書いているわけでもない。
仮に「福井の悪いところを挙げるブログ」のような反省的視点を求められていたとしても、
それを書くのは俺の仕事ではないし、自分の性格に合ってないと思う。ほんとに。

「家を探している」という事実でさえ、ブログが交渉の妨げになる危険性を孕んでいる。
結局のところ、地域に定住したいと考えるなら、誰の目にもつかないようにして、
匿名でひっそりと暮らすのが一番なのだ。誰とも接しなければトラブルは起こり得ない。

でもそこをあえて自分の存在を明らかにすることで、理解や共感を得ようという意図がある。
俺も、ゆるい移住や自分のことを言語化しようと毎度苦労しているのだけれども、
このプロセスを経ていることで、根本的な部分でわかって貰えればいいなーと思っている。

そして、うまいこと見つかった言葉を持っていって、新しい暮らしをすれば楽しそうかなと。

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もしもこのギリギリをぶっちぎった言論が許されるとしたら、どこまで言えるだろう。

オナニーどうしてるかみたいなネタは、某ラジオ番組で言っちゃったしなあ。

俺は炎上商法にならないように意識することは出来るっぽい。
だからなんか悪口を書いてスッキリ、みたいな事を期待されたとしても、自制心は働く。

だいたい表現が過激だと言われる時は、俺自身が腹を立てている時だと思う。
なので、指摘を受けた時に多少なりともクールダウンしていれば、謝って直すことが出来る。
でもやっぱり腹が立ったらガーッと書いちゃうんだろうなーと思う。
完全に外面の良い人間になるのは無理だと思うので、人間臭い感じで書いていきたいし。

日記の中で一応気をつけているのは、手の届かない範囲まで話を広げないこと。
だから世界平和とか人類救済とか、そういう話にならないように身の回りの話をしてるつもり。

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自主規制だらけになるのも良くないと思っている。

一昔前の日本人は、人前で政治の話をしないのがマナーだったと思うんだよね。
消費税っておかしいよね、というと、政府のヒットマンに消されるような危機感があった。
そうやって建前だらけの人間関係が鬱積していった結果、
2000年代前半に、2ちゃんねるみたいな匿名掲示板が爆発的に流行したんだと思う。

でも、ブログやtwitterで気軽に政治的見解を書き込めるようになった。
極端な人になると、Facebookでなりふり構わず政権与党を批判していたりする。

そのムードの変化によって、人は、色んなテーマについて公に話し合う事に慣れ始めている。
「アベノミクスって効き目無くね?」みたいな話題も、至る所で聞くようになっている。
そこには気づきがあって、このままじゃ良くないかも、という問題意識にも繋がったりする。

自主規制をして、本来は膝を突き合わせて話し合うべき話題を揉み消したりすると、
そこからは最終的な相互理解を導き出せなくなってしまうのではなかろうか。

ただ、なんでもかんでも口に出せば良いということでもなくて、
他人の攻撃をすることが目的になっているような個人や集団に対しては、
会話によって相互理解をすることが不可能なので、存在自体を排除するしか対処の方法は無い。

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