ゆるい移住を続けること

自分を客観視してみたら気づいた。ゆるい移住とは、ゆるい移住なのだ、と。


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もはや確認し飽きた前提だと思うが、ゆるい移住とは、

・家賃無料
・農業体験なし(強制参加のイベントなし)
・就職の義務なし(就職斡旋の責務もなし)
・起業の義務なし

という条件で、とりあえず鯖江に住んでみる、というプロジェクトだ。

だから、4月から鯖江に住むとしても、
ゆるく移住をしたいなら、この条件を維持するのが自然なのだ。

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たとえば「家賃無料」について考えよう。

もしも「鯖江に住む人は家賃を払うのが当たり前で、半年は猶予期間なんだ」とする。
鯖江の賃貸物件が月5万円の家賃を取っているとすると、
半年間のゆるい移住で得られたものは「月5万円*6ヶ月=30万円」だと言える。
よって、移住達成者に現金を30万円渡しても同じだということになる。

でも実際にはそうじゃなくて、俺たちは、
「ルームシェアをすることで一人当たりの家賃を下げる」という手段を採った。
これは事前合宿で自分たちで話し合って決めたことだ。
(やろうと思えば、期間を狭めて個室にしたり、一人ずつ使う事だって出来たはずだ)

これがもし「定住すれば家賃を30万円支給します」というプロジェクトだったら、
恐らく誰も相部屋で頑張って暮らそうだなんて発想はしなかったと思う。

そして、相部屋という決断を実行に移して実績を築き上げた時点で、
「鯖江に住む人は(月5万の)家賃を払うのが当たり前」という古い常識は陳腐化したのだ。

でも「ルームシェアをすれば家賃が安くなる」という事自体は目新しい発見ではないので、
ルームシェアをすることが、ゆるい移住のすべてである、とは言えない。

というか、ルームシェアは誰にでも出来ることだし、現に市が河和田でやろうとしている。
なので、4月から家賃をみんなで割って過ごしました、と俺たちが言っても、
そこに、ゆるい移住としての価値や存在意義は、もはや無いに等しいだろう。

あくまで「家賃無料」を実現してこそ、ゆるい移住らしいと言えるのではなかろうか。

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俺たちがこの暮らしで得た価値観は何だったのか。

それは、節約であり、貰い物であり、ゆるパであり、オープン団地であり、
つーちゃんの創作料理であり、ボランティア活動?であり、DIYであり、余り物の活用であり、
仕事を辞めることであり、好きなペースで住み、今日を楽しむ暮らしそのものなのだ。

それらの発想が生まれたのは、前提条件の中で実際に過ごして「経験」したからだ。

だから、「普通の人と同じ暮らし」に戻ると、ゆるい移住らしさが損なわれてしまうのだ。
せっかく「面白い人たちが鯖江にやってきて盛り上がるかも知れない」という部分が、
6人という数字が増えただけで実感の伴わない成果に落ち着いたら、全然面白くないわな。

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つまり、

「なんで家賃無料にこだわるのか?」
「なんで働きたくないのか?」
「なんで貰い物に頼って生きていこうと考えるのか?」

という質問(ツッコミ?)に対する原理主義的な答えは、

「それが、ゆるい移住だから」
「ゆるい移住を続けたいから」
「ゆるい移住を、ただの移住に劣化させたくないから」

となる。

別に家賃を払っても農業をしても就職をしてもいいんだけど、
それをすればするほど、「ゆるい移住」から遠ざかってしまうのだろうと思う。

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