人生を80回生きる

「第二の人生」とかって、良くないですか?


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惜しむらくは、爺さんになってからじゃ、身体いっぱい使って遊べないことだ。
第一の人生は苦しんで、第二の人生は体力が続かない、というのは悲しい。
それに、人生に絶望したら死を選んで、来世に期待する、なんてのも悲しい。

第三の人生とか第四の人生とか、いくらでもやり直せればいいのに。

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試しに、一年間に一回の人生を暮らせないかと思いついて、
仮に80年生きるとして、その一生を1年に詰め直してみた。
1年がおよそ4.5日になる計算だ。

1月1日に誕生する。この時はまだ赤ん坊だ。
一日の大半を家で暮らしながら、保育園や幼稚園で、他人と繋がり始める。
2月になる頃には6歳を迎えていて、2月一杯を小学生として過ごす。
3月の上旬が中学生で、下旬が高校生。4月から9月までが社会人生活だ。
ゴールデンウィークあたりが結婚適齢期で、6月から8月は子育てもする。
それで10月になったら年金暮らしになって、12月末に一生を終える。

それで、年をまたいだら、暮らしをリセットする。
いじめだとか失敗だとかで、なんか不本意な結果に終わっても、やり直せるようにする。

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という思いつきをつーちゃんに話したら「百姓みたいですね」と言われた。
なるほど、確かにそうなのかも。
俺たちは「なんでも屋」とか「百のことが出来る男」みたいなのに憧れているのです。

豊作だったら沢山食べて、不作だったら細々食べる。
できれば、不作だった年は、冬に魚を採りに行く、とか出来たらベター。

いざという時のために蓄えておくって発想も悪くないけど、
一生ぶんを蓄えよう、みたいな無茶かつキリのない貯蓄はしなくていいと思っている。

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もう一つの案としては、「一ヶ月単位でご破算する」というのを考えていたりする。

神棚会計では、一ヶ月の収支を常に公開しようと企んでいて、
いまのところ、「男子部屋の支出」に則って、
月初は6万か12万の赤字を起点にしようと思っている。


俺たちの部屋の残高は、

 -120,000円

です。


のように表示しておこう、というものだ。
スポンサーがついて寄付して貰ったら赤字が減っていき、ゼロを上回れば生存だ。
で、仮に100万円貰っても、貯蓄せずに、月末には初期値にリセットする。

すると毎月フレッシュに生きていけるんじゃないかなあ、とか。

貯蓄するってことは、貯蓄がある間は何もしなくていいってことになるんだけど、
それよりも、毎月毎月生き延びる習慣をつけておくほうが、生存能力が高くなるというか。

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なんか、来月も生き延びるための貯蓄しましょう、くらいならわかるんだけど、
今月は貯蓄だけで暮らせるから、今月のうちに来月と再来月の分を貯蓄しましょう、
一年暮らせる余裕が出来たから、二年分三年分の貯蓄をしておきましょう、となると、
もう先のことすぎてわけがわからないんだよね。

そうやって一生分たまったらどうすればいいの?
120年でも150年でも生きるつもりでお金を集め続けるの?
それって意味なくね?

長生きするための戦略として、将来どうなるかわからない貯金よりも、
毎年毎年、あるいは毎月毎月を生き延びるように意識したほうが確実なんじゃないかな、
と思うのだけど、まだまだ「安定した終身雇用」みたいな神話が強いので、伝わらないかもな。

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