2月1日 焼肉 今を生きる

俺たちは牛肉を買わない人間であるという定義をしないで生きているのです。

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懐かしがって攻殻機動隊を見てたら4時過ぎになってた。

12時ちょっと前に起床。あんまり食欲が湧かない。昨日食い過ぎたか。
団長が遊びに来たので、ハローワークまで送り迎えして貰った。

ハローワークは、説明20分、ビデオ40分、休憩10分、説明30分、年金の説明30分。
20~30人ほど来ていた。年金の説明があるのが面白かった。あとは淡々と過ごした。

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「モモ」をちょっと読んだ。中だるみしてるけど、前半は面白い。
この時間泥棒ってのは現代社会のメタファだよな。

前にも書いたけど、この暮らしを初めてなお、スケジュールが埋まりすぎて忙しい。
あれから用事がさらに増えて、2月20日まで、ほぼ毎日埋まってしまった。

問題はこれが「必要な予定」なのか「余暇」なのか、って事だ。
理想的なのは「余ってる時間を過ごしているだけで暮らしが成り立つ」ことなんだけど、
最近はどうも疲れが溜まっていってるように感じて、良くない。

1月にやった仕事の月末処理とか残務整理とかをしたのだけど、
理不尽な仕事を調整しないといけないストレスってのがあって、
現役時代よりも腹が立つようになったというか、ストレスを許容できなくなった。

ちなみに2月は仕事ナシ。名実共にとうとう無職です。
あ、Hana道場には行きます。

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家探しをするにあたっては、先方に誤解を与えたくない。
住まわせてみたけど、思ったのと違うから出て行ってくれ、と言われても困るからだ。

だけど俺たちって、こういう人間です、という定義そのものが、そぐわないんだよな。

エマさんのラジオに出てきたつーちゃんが、
「毎日ごろごろしてていいんですか、夢は無いんですか」
みたいな質問をされたらしい。キチバルで久森さんがされたのと同じ質問だ。

「夢を持っていないと生きる資格無し」みたいな価値観の人が世の中には居て、
まあたぶん自分が夢を追っている事を正当化するための防衛本能とかなんだろうけど、
そういう人に対しては「俺たちは夢なんかありません」という説明をするしかない。
なぜなら、「夢を持っていないと生きる資格無し」という固定観念を否定したいからだ。

夢が無いなら絶望って事じゃなくて、夢が無くても毎日楽しいよ、と言いたいのである。
それが言いたいだけだから、夢を持つことだってあるし、夢自体を否定することもない。

このへんは、森さんがブログで言語化してくれるので、ある程度満足かな。

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家探し、ひいては、ゆるい移住も同じなのだ。

俺たちは安価で便利に使える外国人労働者なんかじゃない。
だから、移住者はタダ同然で働いてくれる都合のいい若者だ、とか思われると腹が立つ。
でも、気に入った人が手伝いを求めていたら、お金なんて貰わなくても応じている。
お金も、くれるんなら有り難く戴いているけれど、俺らから求めたりはしない。

また、俺たちは、地域おこし協力隊でもない。
自分の住んでいる地域を活性化させることを目的として活動することはない。
地域のためにやってあげるんじゃなくて、
自分のためにやったことが、振り返ってみると地域のためになっている、というのが理想だ。

そして俺たちは、サラリーマンじゃない。
朝から晩まで働いて疲れ果てて帰ってくるのがカッコイイとも義務だとも思わない。
住民票を移したからって所得税が納税できるという保証はできない。
でも別に、意地をはっているわけじゃないので、働きたいと思ったら働くだろう。

そういう意味では、尾花屋のほうが、俺たちの事を理解してくれているかも知れないな。

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ビーガン(ベジタリアンの極端なやつ)の話をしていたら、肉が食いたくなったので、
車を飛ばしてラムーに行って、値引きされてない安い牛肉を680g買って帰ってきた。
他にも値引き肉とか豆腐とかタマネギとかを買って二人で分けて、一人700円。

貧乏人で牛肉なんて買わないと思われているような先入観を、あえてぶっ壊す。
まあ、単に食いたかったから買って食ったというだけだけど。

家にあるもので料理を考えて食事をするのが良いんですよー、とか言ってるけど、
それは俺らの活動を縛るために宣言しているわけではないんだよね。

「自分たちはこういう人間だ」と決めつけて、それに縛られて生きるでもなく、
「こうなりたい」「こうすべきだ」というレールにしがみつくわけでもなく、
「老後のために貯蓄して今は質素に暮らす」みたいに若さを犠牲にするでもない。

ホームレスとか、モモのお友達とかが、一見ろくでもないように見えて、
どことなく羨ましい生き方に見えるのは、「今を生きている」からだな、と思った。

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