ゆるい移住とは「何か」

たまのもり」ネタです。ゆるい移住とは何か。


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いつもセンスのいい言葉とヴィジュアルで沢山の人に愛読されている森さんのブログで、
とうとう「ゆるい移住とは何か」という究極のテーマに切り込んでいた。

鯖江市「ゆるい移住」って結局何?(背景版)
鯖江市「ゆるい移住」って結局何?(実態版)

これは凄く俯瞰的に見えるし、他人にわかりやすい説明に見える。
いろんな人に聞かれたときにどう答えるかで悩むから記事にしたんだろうしな。
「とりあえずここを読め」って言えるものがあるのは、本当に有り難いことだわ。

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ちなみに前回のゆるい移住の消極的定義は、ゆるブロをディスったわけじゃない。
サボってると思うんじゃなくて逆で、プロのライターが凄い頑張って書いてくれてるけど、
他の人はもっと力の抜けた暮らしをしているんだよと言いたかったの。どうか気を悪くしないでね。

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それを踏まえた上で、もしも、ゆるい移住の存在意義について哲学したいのなら、

みなさんも、「普段なにしているの?」って聞かれたら困ると思うんです。

という所を深掘りすればいいと思います。

なんで私は平日に仕事いってるの? なんで休日に休んでるの?
って考えていくと、あれ、そういえばなんでだろ? ってなるかも。ならんかも。

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男子部屋ではタオが流行っている。道教とか老荘思想の簡易版みたいな感じのものだ。

それをさらに狭めて、
「何も無い空間を作っておけば何かがやってくる」
という遊びとして昇華していて、特にこの状態をタオと呼んでいる(独自の定義です)。

鯖江市に関係したイベントに出ると、
「ゆるい移住は貧乏だし余り物を欲しがるから、何でも持って帰らせてやろう」
みたいに扱われたりする。ハイエナである。

市役所が俺たちに(家賃以外の)何かを公的に保証したわけでもなく、
「俺たちは何にも持ってないぞ」「余り物を喜ぶぞ」という実績を作ったことで、
周囲が理解してくれているのだと思う。ほんとみんな優しい。

というのが、今のマイブームである。
「人」であり「愛」であり「安心」である、ゆるい移住の主体性は「タオ」なのだ。
「普段なにしてるの?」「んー別に何も?」というのが、タオい感じが出ている。

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そう考えると、「ゆるい移住とは何か」というのは、
「ゆるい移住とはどういったものであるか?」じゃなくて、
ゆるい移住とは、空の袋を持って歩いてたら優しい人に詰めて貰った「何か」である。

ゆえに、ゆるい移住とは「何か」である。と言えるんじゃないかと思いました。

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ほんとは海外旅行の記事に意見を書きたかったんだけど、
よく考えたら俺は一度も海外に出たことが無いので、
「一度も行ったことないから行ってみたい」ってのが当然の動機になるんだよなー。

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