1月6日の帰省始め

15日まで、帰省のため、鯖江日記の更新はお休みになりまーす。


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でも気が向いたら何か書いていきます。

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5時40分にアラームが鳴る。
車で送ってくれると言っていたつーちゃんがダウンしたのは3時過ぎだったか。
飲酒運転や居眠り運転をさせる訳にもいくまいし、たまには運動しよう。
靴下を履いて、支度の済んだ鞄を担ぐ。重い。これは前途多難だな。

そっと玄関の戸を閉めて、真っ暗な中、朝の鯖江の空気を吸った。
冷たい。だけど、1月の積雪地域とは思えない緩やかさ。

耳当てがわりのQC15を装着し、昔使っていた音楽プレイヤーから取り出した曲を鳴らす。
DANCEMANIAとか、懐かしい。X JAPANは、逆に新しいけど。

都道府県制覇旅行の折、俺はずっと一人で音楽を聴いて過ごしていた。
鯖江ではテレビもつけず音楽もかけず、人と話していることが多い。
「BGM」自体が、自分にとって古い概念なのであった。

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意を決して、寝正月で鈍っていた身体を奮い起こす。

30分はかかるという駅までの道を、GoogleMapsに案内させた。
住宅街の真ん中をギザギザに歩けば早く着くと言うが、道は照らされていない。

溝に落ちないように車に轢かれないように気を付けつつ進むと、23分で鯖江駅に到着した。
意外に近かったことを、初めて知った。

特急券売機で金山までの切符を買う。3020円。カード決済できて便利だ。
水筒は持たず、コンビニも開いてないので、コーラを買った。160円。
待つこと数分、敦賀行きに乗って座る。次は7時6分乗り換え。
ラムーで買っておいたアルフォートを朝食にしよう。

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座って思索に耽ると、午前2時頃に、部屋でしみじみと話していた話題を思い返す。

俺が会社を辞めることをハッキリ意識したのは、10月2日だったと思う。
9月28日から始まった、面談という名の労使交渉が、合意に至らなかったのだ。

あの日、気分の悪くなるメールを送り合ってる中、
リビングでは女子メンバーとお好み焼きパーティーが開かれていた。
みんなが俺を呼んでいる声が聞こえる。

俺はこれからどうするのか。
出来る事があって、居心地の良い場所を選ぼう。
ノートパソコンを閉じて、リビングに行くことにした。

ゆるい移住を客観視した時に、セーフティネットだと思われるのは本意ではないけれど、
会社を辞めて鯖江生活を始めたメンバーにとって、職を失うという事は、
突発的な悲劇などではなく、どこかで意識していた末路だったんじゃなかろうかと思う。

そして、ゆるい移住は、俺達に人生を変える転機を与えてくれたのだ。

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出かけた先でブログを書くと旅情が現れるなあとか思っていると、乗り換えの時間が近づいていた。
終点ではないので、気を付けないといけないのだ。
特急を使わないことによって浮く金額は、2880円。大金に感じる。

乗り換え完了。次は7時33分乗り換えだ。
以降、ほぼ30分ごとに乗り換えないといけない。これはこれで面倒臭い。

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