ハイスコア

11月27日の日記のかわり。お金の話。


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個人的に年度末だったりして、人生の棚卸しみたいなことをやっている。

もう資本主義にはあんまり興味が無いんだけど、いい機会だと思って、
今まで稼いできた年収や月収をノートに書き出してみた。

「月○○万稼ぎたい」って目標は、手段が目的化していて、○○万円というお金に意味が無い。
何々を買う必要があり、それにはいくらかかるから稼ごう、というのが適切な筋道だ。
だから例えば、古民家にタダで住める人は、生涯で数千万稼ぐ必要が無くなるのだ。

ゆるい移住が半年間家賃無料ってことは、半年分の家賃を稼ぐ時間を自由に使えるってことだ。
別にその時間を「○○万円稼ぐ」ことに充ててもいいけど、それは機会損失のようにも思える。

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森さんがしおりんと対談中に突っかかり気味だったことがあった。

しおりんは「高いお金を出して外食することが幸せ」なのだという。
森さんは「安くて旨いもんなんて沢山あるのに大金を出すことは愚かだ」という。

森さんはそこで「何故高い外食をするのが幸せなのか」と聞いたけど、
しおりんは「好きなものは好きなんだ」と答えて、この部分の対談は終わった。

邪推するに、しおりんが「見栄を張るのが楽しい」みたいな回答をしていたら、
森さんは「すっげーバーカ」みたいにこきおろそうとしてたんじゃないのかなー、と思う。

山形のすっげー美味しいラ・フランスも、現地のスーパーで買えば一個百円だ。
これが東京で売られるときには、とんでもなく高くて、鮮度は落ちまくりなのだろう。
「コンビニさえ、出来るだけ使いたくない」という森さんの理屈はよくわかる。

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でも、しおりんの本を読んで、何故しおりんがセレブ(誤用)を嗜好するのか、少し察した。

しおりんの金銭感覚は、ある面では、随分と庶民的だ。
鯖江から東京に帰るのに深夜バスを使ったり、数百円の請求をしっかりしたり。
ゆえに、一人一万円するディナーが高いということは、認識しているはずだ。

それなのに、何故わざわざ高い外食を求めるのか。

最初は、高級な食べ物も経験しておきたいとか、そういう理由かなあと思ってたけれど、
恐らく、「一万円の出費をものともしない環境」ってのを欲しているんじゃなかろうか。

言ってしまえば精神修行のようなものだ。
「一万円払って当たり前」の世界の人は「一万円貰って当たり前」なのだ。
数百円の原稿料に一喜一憂してる世界とは、文字通り桁が違う。
そういう世界に溶け込んでしまえば、百万円の仕事を貰うのも夢ではなくなるかも知れない。

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もしもそういう価値観でもってお金を使われるのを望んでいるのであれば、
「無い袖を振って奮発して、しおりんに高い外食をご馳走する」ことって、あんまり意味が無い。
そうやって自分が精神修行をして「一万円奢っても気にしない」ようになりたいならいいけど。

今月の収入は100万円超えたからハイスコアだー、とか、
一晩で10万使ったからハイスコアだー、とか、まあ、そういう感覚だよね。

昔知り合った金持ちが、「競馬で一億賭ける」っていう精神修行をやってたなw
「勝ったんですか?」って聞いたら、返事は無かったw

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今日は、人生を振り返って、ああ、この時が俺のハイスコアだったんだなあ、とか懐かしんだ。
俺はまあ、精神修行は十分楽しんだかなー、と思う。

今は自販機で160円のお茶を買うのに数分悩むようになっちゃったw
ゲーセンで暇潰しにやったクレーンゲームで一瞬で300円無くなってびっくりしたりねw

なんかでもまあ、そういう人生も悪くないんじゃないかなー、なんて思っているよ。

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