ノーポジション

会社を辞めた。今回の記事は、もりんちリスペクト。

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鯖江に来てから、俺は本当に多くのものを失った。

実家暮らしをやめた。食事も減った。スープカレー屋に通えなくなった。
女の子とデートした後でホテルに行く方法も無くなったけど、エロサイトも見なくなった。
ボードゲームも出来なくなった。パソコンゲームも月数回しかしなくなった。

株、FX、地金の取引をやっていた事があるのだけど、
持ってるものが値下がりするのが怖くて、全部やめた。
負けたのに税務調査が入って色々説明したんだけど、それもしなくて良くなった。

日本円も安くなってるんだけど、損した実感が沸いてないから、あまり気に病んでいない。

家を買うのもやめた。ローンとか意味がわからない。賃貸なら好きな所に住めるし。
起業しても、借金するのはやめた。返済のために働くなんて納得できない。

物を持つこともやめた。多くの物を捨てた。荷物が少なければ、家賃も少なくて済む。
服とか記念品とかも、ほとんど捨てた。断捨離はすごく楽しくて充実感があった。

そして今日、会社を辞めると連絡した。実際には年明けまで在籍すると思うけど。
自分の会社も社長を交代して辞めるし、フリーランスの屋号も先週末に廃止してきた。

婚活に支障があることはわかってたけど、まあそこは割り切ることにした。

そして、この記事をここに書いてしまうことで、
「東京の会社で働いてる次世代ワーカー的な凄い俺様像」も崩れ去ってしまうのだろう。

気分はサイコーだ。

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「選択をしない気持ちよさ」というのを知っている。

俺は政治には興味あるけど、政治家になりたいとは思わない。
バイオリンの弾き方も忘れたし、絵心が無いので漫画家にも成れない。
学歴も資格も別に無い。そして異業種に転職しやすい年齢でも無くなった。

才能や選択肢がたくさんあるのに臆病で選ばないというよりは、
元々そんなに贅沢も言ってらんないけど妥協した選択もしてない、という立場だと思う。

過去にも、会社を辞めて、何をしてもいい状態になったことがある。
結局、暇だから(あと、誘われて)仕事を始めたんだけど。

俺は自然にやりたくなったことをやって生きていくんで、
別に所属とか地位とか世間体とか労働者意識とかイラナイ! と、腹の底から思っている。

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パソコンとネットがあれば、知識欲は満たせる。
鯖江には家賃無料の家も、チャリンコも湧き水もある。仲間もいる。

今はすごく車が欲しいし、結婚にだって興味が無いわけではないが、
そのために過大なストレスを受け入れるのはお断りだ!

でも「別に働いてもいいかな」「飽きたら何かしようかな」と考えてる時点で、
「何もしない」ことすら選択していないんだろうなって気がする。
ハローワークとか行って求人票見るのとか、結構楽しみだったりする。

気の向くままに生きられるなら、臆病者だと言われたっていい。
それが俺のノーポジション。

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