旅の人

「ゆるい移住」って言葉に、ずっと微妙な違和感があったんだよ。

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23日に書いたプレゼン資料を、Facebookの非公開グループにアップロードした。
資料の中に、こっそりこのブログの宣伝を書いておいた。

今夜あたりにはアクセスがうなぎのぼりになって、
Googleの急上昇ワードに「ゆるいアレ」が乗ることであろうが、
もうアクセス解析をする予定はないw

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10月25日、朝。

一昨日書き上げた53ページのプレゼン資料を読み返すと、
どうも根本的なところに違和感がある。
旅行中に考えたところ、違和感の正体はハッキリわかった。

俺、鯖江に永住する気無いんだわ。まったく。
なぜなら旅行が好きだから。

たとえば一ヶ月のうち半分を旅行に費やして過ごしたとして、
それを「鯖江に居住実態が無い」とか責められても、旅行は止めたくない。

だから鯖江市に対して、移住の可能性を仄めかすことは不誠実なんだと思う。

「永住の可能性を視野に入れて体験移住をしてみましたが、
 移住期間中に改めて考え直した結果、鯖江はすごく良い街だと思いますが、
 自分の中で永住という選択には至りませんでした、ごめんなさい」

という落としどころが誠実なのであって、
たとえば市の補助金を貰ったり古い家を安く譲って貰ったりした上で、
シェアハウス経営したけど、飽きたんで半年で引っ越しました、
ってなったら、「裏切られた!」って思われても仕方ないんじゃないかなと。

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地方自治体や企業の支援を頼るって発想についても同じで、
特定の地域や団体に支援して貰った時点で、居住移転の自由が制約されると思う。

だから、安い家が貰える方法を模索しよう、という考え自体が違う気がした。
誰にも住む場所を指定されずに生きたい。
自分で「半年鯖江に住む」って決めるのは良いと思うし、
ゆるい移住では、途中でやっぱり帰ります、と言ってもペナルティは無い。

あと、期間の長さも関係あるかな。
鯖江市では河和田地区への移住に20万円くらいの支援金を出しているのだけど、
条件として「5年住むこと」なんてのがある。
さすがに5年先に自分がどういう人生を歩んでいるかなんて約束できない。
貰えないかも知れない支援金に翻弄されるのも嫌だし、貰った金を返すのはもっと嫌だ。
それなら最初から貰わないほうがすっきりするではないか。

本当の意味で資本主義のレールから外れる覚悟が無いと、
「会社を辞めて地方で自由に暮らす」っていうスタンスは確立できないんだと思う。

そう考えると、「事業計画」ってのも、なんか変だ。
カネは必要だから事業も必要だと思うんだけど、本当にこれでいいのだろうか?

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ひとまず、「永住する気は無い」ことを、言葉で表現するところから始めよう。

「ゆるい移住」ってのは、永住を強要されないニュアンスだと思ってたし、
市長をはじめ市職員さんの説明や気持ちとしても、押しつけない感じだけれど、
「移住」という言葉を辞書で引くと、「永住ではなく一時的なもの」みたいな意味は無い。

永住は、死ぬまでその土地に住むこと。
移住は、他の場所に永住することを目的として、ある地域や国を離れる行動である。

つまり、「移住しに来たのに住む気は無い」と言うのは、言葉としておかしいのだ。
「体験移住」という言い方で、やっと「永住」の意味を打ち消せるんだと思う。

永住ではなく「定住」や「居住」という言葉を使っても、一時的という意味にはならない。
そして、頭に「一時的」をつけていい言葉は、「居住」だけだ。

× 永住
× 移住
△ 体験移住
× 定住
× 居住
○ 一時的居住

公式ブログの「ゆるい移住計画」というタイトルは表記揺れのように感じていたんだけど、
「体験移住≒移住計画≠本格移住」と考えると、逆に正しいタイトルなのだと腑に落ちる。

ここまでの言葉を使って、ゆるい移住参加者が考えている落としどころを表現すると、
「一時的居住を検討する目的で参加する体験移住」ということになると思う。

「鯖江に住んでもいいかも知れない」というのは、
「死ぬまで鯖江から離れないことを誓約する」みたいなニュアンスではないのだ。

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このことをもうちょっといい言葉で表現出来ないか考えたけど、浮かばなかった。

同じように違和感がある言葉なんだけど、「遊牧民」という言葉がある。
「移住」と同様に、俺はこの言葉が好きだったんだけど、
よくよく意味を考えてみると、この言葉には大きな誤解がある。

まず遊牧民が何かというと、家畜と一緒に移動をして暮らす人たちのことだ。
そこに生えてる草を食い尽くしたら次の場所に移動するのを繰り返すのだ。

「ジプシー」という言葉にはいい意味で淫靡なイメージがあったんだけど、
実際には差別用語的な意味合いが強いらしいので、これも使いにくい。

遊牧民のことを英語でノマドと言う。
IT業界の人が格好つけて「俺はノマドワーカーなんだよね」とか言って、
喫茶店とか公園でノートパソコン広げて仕事してたりするけれども、
家畜も居なければ、草を食っているわけでもないから、適切な言葉ではない。

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さらに調べてみると、「移牧民」という言葉があるらしい。
これは、場所が固定されているのだそうな。
何月になると沖縄、何月からは札幌、みたいな暮らし方なら、
遊牧民というよりは移牧民のほうが近くなるわけだな。

でも、「牧」は家畜なので、やっぱり意味が違う。
「牧」が無いんだから、「遊民」とか「移民」が正しいんじゃん、
と思ったら、それぞれ別の意味を持つ言葉なので、やっぱり誤解される。

遊民は、職につかず遊んで暮らしている者を指す。
これってひょっとして本質を突いているのかな? と一瞬考えたけど、
なんか俺はそうじゃない気がしたので、この言葉を選ぶのはやめた。

「移民」は単純に移住した人を指すので、移住が違うなら移民も違う。

そして「遊住」という言葉を作った人も居るらしいのだけど、
遊民が違うんなら、遊住も違うってことになるので、やはり使えない。
でも「ゆるい移住」を別の表現で言うなら「遊住」は結構いい気がする。

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もっともっと調べてみると、「旅の人」という言葉が見つかった。

旅人というのは、旅行をしている人のことを指す。ひねりは無い。
なのだけど、「旅の人」というのは富山弁で、旅人とは意味がちょっと違う。

「県外出身で富山県に在住して間もない人」のことを指す。
「富山県出身で県外に在住している人」を指すこともある。

この言葉を使っている側には、県外からの文化を伝える人々をまれびととして
上座に置いてもてなす意識もあるため、失礼を意図して使われる言葉ではない。

と、wikipediaに書いてあった。

まさにこれは俺が欲しい定義の言葉にピッタリだし、
もっと言うと、俺の出生地は富山市なので、すげー運命を感じる。
居住していたのは東京だし、幼いうちに札幌に引っ越したのだけれども。

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というわけで、これからは自分の立場を表現する時には「旅の人」と言おうかな。
「遊住 旅野(ゆずみ たびの)」で、略して「ゆ」なんてどうだろう。ひねりすぎか。

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