パンダ外交

センシティブなテーマを取り扱うことから逃げない覚悟。

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この話題を取り上げて記事を書くこと自体が、印象悪化に繋がる可能性は拭えない。
でも、事実を伏せて取り繕うみたいな姿勢は、俺は違うと思うので、書く。

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ニュースを見るのは、もっぱらネットに頼っている。
RSSリーダーが、興味のあるメディアの新着記事を取得してくれるのだ。

その中に、北海道は旭山動物園のレッサーパンダが脱走した、という記事があった。
配信元は2NN。朝日新聞の記事に対して、2ちゃんねる掲示板の投稿が寄せられる体裁だ。
「記事を見た人がどう思ったか」という情報や、記事への補足情報が欲しいので、
コメント欄があるとか、ツイッターや掲示板と連携しているメディアを好んで閲覧している。

ざっと投稿を眺めていると、無視できない一文が見つかった。
(引用すると権利関係がめんどくさいので、ソースは割愛)
その書き込みを元に、検索してみると、だいたいこのようなことがわかった。

鯖江市長が中国に対して、眼鏡づくりの技術を与えて、レッサーパンダを貰った。
それを繁殖させて全国各地に送り出した子供達の一頭が、今回脱走した子なのである。

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このことは、いくつかの個人ブログなどに批判的な事例として書かれていて、
まあ率直に言って「鯖江は馬鹿だ」というような悪口になっていた。

なんでそんな悪口を言うのか、読み取ってみた。

日本よりGDPが大きい経済大国であり領土侵略や挑発をする緊張状態にある中国に対して、
たかがパンダのために大事な基幹産業の技術を提供したのは愚かだ。
これを悪い事例として周知して、さらなる技術の流出を止めたい。

と、おそらくそういう意図なのだと思う。とりあえず理解はできる。
もしも今日、牧野現市長が中国に技術あげますとか言ってたら、俺でさえ出来る限り止める。

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事実関係をきちんと調べて整理しよう。

事の起こりは昭和59年。友好親善のために動物交換をする、と書かれている。
http://www.city.sabae.fukui.jp/pageprint.html?id=5438&prt=1

当時の市長は山本治さん。
http://www3.city.sabae.fukui.jp/nenpyo/index.html

「パンダ欲しさに技術移転をした」という部分の裏付けが見つからない。

JAISTの論文を見つけた。

眼鏡産地の盛衰 -福井県・鯖江市とイタリア・ベッルーノ産地比較のケース-
http://hdl.handle.net/10119/8844

一部抜粋する。

・(3)深刻な福井・鯖江産地、①中国の影響、②去って行ったDCブランド(以下略)
・鯖江が世界的な眼鏡産地としての主導権を失い始めるのは、1993 年頃からである
・出荷額において、ピーク時の 2000 年の 1,239 億円が、2005 年には 766 億円と 38%も減少している

鯖江の眼鏡会社が倒産するたびに、ブログで引用され、技術移転を批判されている。
批判対象となる倒産の事実確認は以下の通り。

長谷川眼鏡 2010年
http://www.fukeiki.com/2010/12/hasegawa-megane.html

野尻眼鏡工業 2012年
http://www.glafas.com/news/topics/120412nojirigankyo.html

畑中眼鏡 2014年
http://www.fukeiki.com/2014/04/hatanaka-optical.html

嶋川眼鏡工業所 2014年
http://bankruptcy-japan.info/?p=15414

それにしても、こういうニュース見てると、危機感が沸いてくるなあ・・・。

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以上の情報を踏まえて、冒頭のニュースソースを、時系列に整理してみよう。

・1984年 中国と動物交換
・1985年 西山動物園開園
・1993年 鯖江の眼鏡製品出荷額が初の減少
・1996年~2000年 鯖江の眼鏡製品出荷額は増加
・2001年~2005年 鯖江の眼鏡製品出荷額が(1995年よりも)大幅減
・2010年、2012年、2014年 鯖江の眼鏡会社が倒産

1984年に中国に眼鏡技術を供与したと仮定して、
それが30年かけてシェアを奪われる直接の原因になったと言うには、
因果関係としては少し苦しいというか、他の要因も大きそうだと思う。

30年前は中国と日本は、今日ほど緊張した関係に無かったと思うし、
そもそも国ぐるみでODAだ何だと後進国支援をする世論が形成されていたので、
中国に眼鏡技術を供与したこと自体を遡って非難する事は、そぐわない気がする。

対中ODAが始まったのは1979年。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/chiiki/china.html

非難したり馬鹿にしたりするという話ではなく、
「もしもあのとき中国と仲良くしていなければ、
 後の鯖江の眼鏡の売上減は、もうちょっとマシだったかも知れない」
という感想を、今の価値観に基づいて愚痴る程度の話なのではないか。

「馬鹿」は言い過ぎだ。傷つくぞ。

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個人ブログだけど、少し詳しい方がいらっしゃるな。

http://ameblo.jp/copperred/entry-11442942874.html

山本氏は「中華人民共和国との友好を。」ということで、1981年に鯖江市が
中国から、メガネフレーム生産の技術研修生を受け入れまして。
技術指導を受けさせたうえ、加工技術のノウハウまでも無償で提供されたそうで。

鯖江市の、貴重なメガネ加工技術を無償で提供した見返りとして、中国からは
パンダさんが贈られる、という口約束をされていたそうで。
しかしながら、寄贈されたのはパンダはパンダでも、レッサーパンダさんだった、
という、笑うに笑えないオチもついておりまする。

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うーん。鯖江擁護とか、調査不足のフォローってわけじゃないけれど。

もしも「1984年に鯖江が中国と、眼鏡技術とパンダを交換していた」として、
それが経済戦略的に間違いだったのかどうかという観点では、
個人的には、実はアリだったんじゃ無いかなあ、と思う。

鯖江の観光は今でさえ魅力的とは言い切れない。
地域おこしで必ず観光都市開発をしなければならないって事はないけれども、
「職人の街」としての堅さが枷となり世の中の変化についていけてない、
という意見が前世紀の売上減に対して実際に出ていた背景もあるわけで、
新たな街の魅力、そして観光収入を得るために、動物園を作るのは一理ある。
税金かけまくって箱物作って維持費で赤字になる、みたいな失敗談とも違うわけだし。

実際に小さな動物園ながらレッサーパンダの繁殖に成功して、
旭山動物園に動物を供給できるほどの成果は挙げているわけだし、
入園無料で、増改築はクラウドファンディングでやりくり出来ている。
https://faavo.jp/sabae/project/534

そう考えると、町おこし視点では「やらなければよかったこと」とは言えず、
実際に30年も続く事業になったわけだから、大したもんだ、と思うわけである。

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というわけで、明日は、西山動物園に行ってみようと思います。
来週には赤ちゃんのお披露目もあるらしいぞ。

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