テレビ

テレビに映りたいから田舎に行く、みたいな話。

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田舎から人が居なくなって、住みやすさが損なわれてしまうという、大きな問題がある。
原因は色々あるのだけど、どこの田舎にも共通している問題だし、
国の政治家も「地方創生」というキーワードで、対策を推し進めているところだ。

そんな背景のなか、至る所で「ちょっと暮らし」とか「お試し移住」なんて言って、
安価に住める家を用意して、お役所のホームページで募集をかけていたりする。

田舎暮らしを積極的に希望する人達も居るし、その理由も様々だろう。
でも、「テレビに映りたいから田舎に行く」という人は、そうそう居ないと思う。

お試しでちょっと行ってみよう、なんて気楽な感じで駅の改札を抜けたら、
テレビ局がカメラを持って待ち構えていて、インタビュー責めにしてくる。
そして、その日の夕方には、NHK各地のニュースで顔と名前が報道されている。
というような体験は、かなり、ゆるくない。

事前に報道される話は説明を受けていたけれど、こんなに凄いと思わなかったし、
「顔はいいけど名前は勘弁してください」という自分の要望も結局満たされなかった。
その後は、参加者のほうで自主的に、ノート等には名前を書かないように配慮していた。
民放の方からも密着取材を申し込まれたりして、なかなか寝付けない緊張感だ。

市は、プロジェクトが大々的に取り上げられることで宣伝効果を得ることが出来るし、
盛り上げていきたいという気持ちも、期待感も、当然にあるだろう。
そして元々、成功体験に恵まれているという土壌があるのだと思う。

ずっとカメラが回り続ける中で取った食事。
あとで、相席した方にこっそり「食事の味、覚えていますか?」と聞かれた。
カメラのまわってない場所って、トイレかお風呂くらいだもんなあ。

自分が感じたのは、カメラの前で喋ってることが、
本心なのか、かっこつけなのか、だんだんわからなくなっていく感覚だ。
人に見られるのだから、良いことを言いたいというのは、率直な反応だと思う。
でもなんか、自分で喋ってて、いやらしいなあ、とか内心思ったりした。

こういうノリなら、スーツ着て、原稿も練習してから行かせて欲しいなあ。
向こうは自然な姿を撮りたいんだろうけど、こっちは恥ずかしいんだぞ。

結局、テレビに出る事自体に慣れてる人や、それが目当てな人は凄く得をして、
そういう心構えが出来てなかった人は結構どん引きだったんじゃなかろうか。

別に報道の存在が悪いとか、俺を映すなと言うつもりは無いし、
このプロジェクトはそういうもんなんだと割り切って、
美人のお姉さんに密着(取材)されてラッキーくらいに思っておくけど、
強烈なインパクトを感じたし、今後大きいバイアスになるかも知れないなと思いました。

言うなれば「テレビに映りたいから田舎に行く」みたいな。

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